いつか解けるまで 3

―― 目次 0 1 2 3 4 5 6 7 until the day――



2024-02-29 04:00
文字サイズ
文字組
フォントゴシック体明朝体




 3



「シュヴァーン、こちらへ来い」
 有無をいわせぬ口調にからだはひとりでに動く。するどい眼光に貫かれ、そこから動けなくなる。
「調子は」
「変わりありません」
 赤い光に、アレクセイの俯いた顔がぼんやりと照らされる。普段誰にも隠している心臓魔導器に触れるのは、ただ一人のみだった。
 この体へ心臓魔導器を埋め込む処置にアレクセイ以外の誰かが関与したのかは分からない。だが、覚えているかぎり彼はずっとただ一人でこれを調整していた。
 願いと意志を宿した瞳を、ふれられそうな距離で何度も見ていた。その眼差しが注がれるたび、火で炙られるような責め苦を感じた。
「また、技を乱用したな」
「切り抜けられないと思ったもので。油断していました」
「次はない。心しておけ」
「御意」
 なかったら、いったいどうなるというのか。答えながらぼんやりと思う。
 胸元にかかげられていたアレクセイの手がするりとのぼり、シュヴァーンの肩を掴む。もう片方の手が顎に添えられ、瞳が間近に迫る。
 ――ああ、怒っている。
 なぜ、と思うこともいつからかなくなった。寝台に身を沈めながら、呼吸さえすべて奪われていく。熱い火にくるまれながら、氷海に溺れていくような感覚にふるえ続けた。
 何を思ってアレクセイは自分に近づくのか。触れるのか。自分がただ一人の生き残りだから。わざわざ手ずから生き返らせた死人だから。使い勝手の良い駒だから。ひとつひとつ並べてみては、どれも十分な理由ではないような気がして、結局いつも答えの出ない問いが取り残される。
「おまえは、私の――」
 何度も、おなじ言葉を流し込む。
 時を経るごとに、その眼差しと手つきは苛烈な怒りを帯びていった。行き場のない苛立ち、計画遂行の行き詰まり、駒の不手際、さまざまな怒りの炎で彼はシュヴァーンを幾度も焼いた。どうすることもできず、ただ甘んじて受けいれ続けた。何をされようとも、すべてを。
「おまえは、ここで、生きるのだ」
 アレクセイが与える熱は、冷えた体を流れる毒のようで、その毒に浸されつづけて、沈んで、そのまま朽ちることを願い続けていた。
 そんなことしか、願っていなかった。



 静かだ。
 部屋にレイヴン以外物音をたてるものがないので、不気味なくらい静かなのだ。
 そう思ったとき、ヴィン、と音が鳴る。アレクセイの体に装着された医療装置が微かな駆動音をたてる。その音に少し安心する。
 寝台周りを軽く拭き上げた布を洗うため、レイヴンは一度廊下に出る。ついでに花瓶の水を替えることにする。
 アレクセイのいる部屋は、城の裏庭にそびえる塔の最上階の奥にある。何重もの扉に守られ、現在立ち入れるのは身の回りを世話するためのごくわずかな者に限られている。
 こんな人の目から隠すためにあるような部屋が、城の中に存在したことが驚きだ。もっとも、レイヴンは城の構造をそこまで把握しているわけではない。この城自体が古代文明の遺跡でもあることが先の動乱で明らかになった今、おそらくレイヴンが知らないことのほうが多いだろう。かつて帝都を乗っ取ったことのあるアレクセイは、どこまで把握していたのか。
 この塔のことも、知っていたのだろうか。長く使われていないらしいとは聞いていたが、以前はどのように使われていたのか。レイヴンの知らない目的で人が立ち入ったこともあったのかもしれない。何度もこの塔に通ううちに、そんなことを考えるようになっていた。
 綺麗になった花瓶に生けるのは、エステルから差し入れられた花々だ。彼女はその身分もありこの部屋に立ち入ることを許されていない。それでも、せめて回復を祈るために何かしたいと思いを口にしていた。贈られた花々は、他にろくなものがない殺風景な部屋に唯一の彩りを与えている。
 レイヴンは、格子で守られた窓のほうを見やった。もうすぐ陽が傾こうとしているのが光の加減でわかった。その日の任務を終え、塔にのぼり、アレクセイの世話をする。それが最近のレイヴンの日課だった。
 ――今日は、よく眠っている。
 ヨーデルのはからいで、先日ハルルから輸送されてきた最新の医療装置が、アレクセイに用いられることになった。精霊術を組み込んでおり、先日完成したばかりの先行型らしい。
 世界の混沌を招いた大罪人に、最先端の医療技術が施される。アレクセイのことを知るわずかな者の中からも、そのことに対する疑問は出た。しかしヨーデルは、彼自身の口から事の次第が語られるまで、回復のために最大限の治療を施し、彼を保護するという判断を下した。彼の罪に対する処遇は、その後で論ずるべきだとした。
 アレクセイの容態は依然としてなかなか変わらない。眠っている時間が大半で、ごくたまに目を開けているときも、視線はさまようばかりでこちらを認識しているのかどうかも定かでない。
 それでもレイヴンは、アレクセイが目覚めているときはなるべく話をするようにしていた。少ない灯りをわけあう帝都の街並み、騎士団に入団した期待の新人、少しずつ変わっていく今の世界の話をしたかった。
 同時に、それはとても残酷なことだとも思っていた。アレクセイが死の運命をみて眠りについているあいだに、世界はあまりにも様変わりした。この人が目指した覇道の理想も、目にした終末の絶望も、今はない。
 少しでも、今の世界のことを知ってほしかった。かつての絶望は去ったのだ。アレクセイが今ここにいるというのなら、自分はこの世界で彼が生きていけるように、力を尽くす必要がある。
「俺は、せめて、あなたを……」
 アレクセイから与えられたものは、あまりにも多すぎた。それでも、ただ、彼がふたたび世界を自分の目にいれるときまで、できることをしなければならない。このひとを見ようとしなかった、見ることができなかった、罪滅ぼしのために。
 ふと、音もなくアレクセイの瞳がひらかれた。レイヴンはおどろいて、その顔をおずおずとのぞきこむ。
「具合、どうですか? 少し、水飲みますか?」
 小声で話しかけるが、反応はいつものようにない。虚ろな瞳が宙をみつめている。
 レイヴンは水差しを手に取り、アレクセイの顔のそばに持っていく。抵抗する素振りはなかったので、そのままゆっくりと少量を口に含ませる。つうと唇の端からこぼれたものを柔らかな布で拭き取る。
「もうすぐ夕方ですよ、一日あっという間ですね」
 窓のほうを指し示して、レイヴンは明るく話す。
「ここからだとあんまり見えないですけど、結界がなくなったので、けっこう空が広く見えるんですよ。晴れた日なら、向こうの山まで見えるかも」
 アレクセイは微動だにしない。レイヴンの話し声だけが部屋に響く。構うことなく、いつものように話をつづけた。いくつかの他愛もない話を白い空間に披露する。
「市民街の噴水も、再建の目処が立ってそろそろ作業の準備が始まってるんですよ。歩けるようになったら、見に行きましょう」
 何も語らず、こちらを見ることもないアレクセイの目が、ひとつ瞬きをする。
「すみません、少しうるさかったですかね。今日は長く話しすぎたかもですね、そろそろお暇しますよ」
 話しているうちに、部屋に射す光はだんだんと陰りはじめていた。レイヴンは立ち上がって窓掛けを下ろし、壁の燭台に火を入れる。アレクセイのそばに戻り、軽く枕元のシーツを整えて、部屋をあとにしようとする。
「……れ」
 何か声に似た音が聞こえ、レイヴンは振り向く。幻聴だと思った。わずかにアレクセイの声に似ていたからだ。
「……てくれ」
 レイヴンは硬直する。アレクセイのふたつの瞳が、はっきりと、こちらをとらえていた。一歩近づく。アレクセイの虚ろな、濁った眼差しは、目の前にいる人間に向けられていた。レイヴンを見つめながら、かすれた声が、何かを伝えようと紡がれる。
「殺してくれ」
 一切の音が消える。静寂な部屋に、アレクセイとレイヴンと、その言葉だけが残される。
 曖昧な意識のうちで口にしたうわごとかもしれない。けれど、視線は片時も逸らされることなくレイヴンをまっすぐに刺している。
 頭が熱い。ぐらぐらと揺れる。寒気がおそう。腹の底が熱く暗く沸き立つ。
 ――あなたが、俺に、それを言うのか。
 レイヴンは、アレクセイの憐れむような目を思い出した。動かない体を引き寄せた熱い腕を思い出した。
 すべて逃れられない罪ばかりだ。
 レイヴンは枕元に手をつき、寝台のアレクセイを見下ろした。白く、古い陶器のような頬に指を這わせる。そのつめたさに震えて、泣きたいような思いがした。また、なにごとか口にしようとして開きかけた唇を、自分の陰のなかに閉じ込めるように塞いだ。
「あなたは……まだ、生きている」
 陰に覆われた顔が、すぐ間近でほんのわずかに揺らいだような気がした。ほかに、どうすればいのかわからなかった。その揺らぎをたぐり寄せるように、レイヴンはふたたび手を伸ばした。



 戦いの喧騒があちらこちらから聞こえはじめた。レイヴンは状況を確認し、一度後方に下がることにする。土煙がもうもうと立ちこめる前線から、中継拠点へと戻ってくる。
「状況は?」
「はっ、平原の主は南東方面からの動きがあり、部隊前方に現れるのは予定時刻通りかと」
「報告ご苦労、そのまま陣形を保ったまま各部隊備えろ」
 レイヴンの指示を受け、騎士はギルド部隊のほうにも伝令を届けに走っていく。デイドン砦を望むペイオキア平原の主の討伐に、騎士団とギルドの合同部隊が当たることとなった。レイヴンはその全体指揮官の役割を与えられた。
 帝都から離れた任務に赴くのは久々だった。会議が多くあったことや、アレクセイの件の根回しなどもあり、長く帝都への滞在が続いていた。
 レイヴンは木組みの高台にのぼり、全体を見渡す。案じていたような小競り合いが起こっていることもなさそうだ。すぐ近くの部隊では、ギルド員と騎士団員たちがそれぞれ憧れの首領と隊長について語り、その素晴らしさなどについて論議していて、思わず溜め息をつく。
 今回の討伐任務は、今後の騎士団とギルドの協力体制を本格化していくための演習の意味合いが強い。天候も荒れる気配はない。風向きもこちらに地の利がある。レイヴンは見える限りの周囲をくまなく確認する。
 見渡す先に、山々の稜線が見える。青い空を横切るその形に、ふと何か不思議な感覚をおぼえる。違和感とはちがう。どちらかというと、既視感に似ている。頭の奥に引っかかるものがパチリと火花のように弾ける。
 ――そうか、この辺りが……。
 どうしてそんなことを今思い出したのか。これまで何度も赴いた地のはずなのに、なぜ今ごろ、見覚えのある景色だと気付くのか。
 いまや跡形もなくなった故郷の外れで見た空と、よく似ていた。
 レイヴンは首を振る。戦いの前の張りつめた思考が思い違いをしているのかもしれない。十年以上前に地図から消えた街だ。もう座標すらうろ覚えだ。本当にこの辺りだったかも自信がない。それくらいに遥か遠くまで来た。
 今のレイヴンは、今ここに立っている理由がある。守るべきものを守る責任がある。
「敵影、前方に現れました!」
 知らせの声に、レイヴンは高台からひらりと飛び降りて号令を告げる。作戦が開始されたのを確かめ、自らも中央の部隊に合流する。
 巨大な平原の主は、近づくと動く山のようだ。畏怖するいくらかの者たちを激励し、レイヴンも弓を引き、攻撃を加える。
「左翼方面、救援を!」
 予想外の事態が起きたのか、レイヴンは周囲の者たちに合図するとそちらに向かう。崩れた陣形を掻き分け進むと、平原の主よりひと回りほど小さいが、巨大な魔物が別方面から迫っていた。主の番だろうか。
 こちらの部隊は元々少し心もとない戦力だった。軽傷ではあるが負傷者も出ている。他の部隊から救援人員が来るまで距離からしてあとしばらくはある。
「負傷した者は後方へ、体制を立て直して応戦する!」
 レイヴンは弓剣をかかげて迫る敵をとらえる。ギルド部隊の前衛たちも武器を構えなおして駆けだす。
「ぐっ!」
 前方にいたうちの一人が土に足を取られる。負傷にかまわず戦闘を継続しようとしたのだ。その隙を、主の番らしき魔物は見逃さずに鋭い突進の構えをとる。
 ――ダメだ、間に合わない。
 一瞬気付くのが遅かった。レイヴンは滑るようにそこへ飛び込み、無我夢中で技を発動させた。胸の魔導器が熱く鼓動する。
 力の奔流に、巨大な影は怯みをみせる。そこに畳みかけるように、次々と部隊が突撃していく。
「すまねえ! 俺が油断して……」
「軽い怪我でも甘く見るなよ。ほら、退さがれ」
 ギルド員は足を引きずりながら後方へ向かう。そのうちに救援が到着し、なんとかこちらが優勢に転じたようだった。
 一難は去った。主と今も交戦中であるはずの、中央の戦況を確認しに行こうとする。瞬間、視界がぐらりと揺らいだ。
 心臓が燃えるように熱い。夢中ではあったが、出力は多少加減していたはずだ。それなのに、襲いくる痛みと息苦しさに、思わず膝をついてしまう。
「こんな体で……何を守るって……」
 ――自分の罪も、なにひとつ償えはしないのに。
 意識が暗転した。



 薪の爆ぜる音が聞こえる。心地よいあたたかさに包まれているのを感じる。つめたい体の芯にその温度がしみいる。
 目を開けると、木製の天井があった。ぼんやりと見つめていると、近くから声がした。
「気がついた?」
 そこにいたのはリタだった。レイヴンのいる寝台のそばの椅子に腰かけて、本を読んでいたようだった。
「意識ははっきりしてる? 痛みはある?」
「……大丈夫、ちょっとぼうっとしてるけど、どこも痛くないよ」
 リタは安堵したように息をつく。少しずつ思い出してきた。どうやら作戦中に倒れて、ここまで運ばれてきたらしい。
「ここ、リタっちのお家?」
「あたしの小屋にこんな広い部屋あるわけないでしょ。ハルルの研究所の部屋を借りてるのよ、他の怪我人も何人か運び込まれてきたわ」
「そっか、そうだった」
 呆れたように首を振って、リタはレイヴンに水の入った器を差し出した。黙って受け取り、すこしずつ口に含む。
「あんた、自分が倒れたときのこと、覚えてる?」
「えーっと、おぼろげには……」
 心臓の痛みに耐えかねて、意識を失ってしまったのだ。そうして、はたと気付く。リタと会うのはずいぶん久しぶりだった。レイヴンが検診の約束をすっかり忘れてしまっていたからだ。
「ごめんね、手間かけちゃって」
「ほんとよ、他の奴らの間でも噂になってたわよ。あんたが変な技使ってぶっ倒れたって」
「はは……全体指揮官だってのに、情けないわ」
「作戦は無事に終わったみたいよ。優秀な部下たちに感謝したほうがいいわね」
「ほんと、その通りね」
 会話が途切れて、沈黙が走る。リタと最後に会ったのは帝都だった。ごく短い会話を交わして、すぐに立ち去った。そのときに、次の検診には行くと言ったことを思い出した。
 ――今日は何日だ?
 レイヴンは頭を押さえる。一度詫びて、今度こそはと自分で言ったのにもかかわらず、また完全に約束のことなど忘れてしまっていたのだ。
「リタっち……俺」
 リタは静かにレイヴンの言葉を待つ。何を言われるか、分かっているような顔で。
「また、約束、破っちまったかな」
 ぱちり、と薪がひときわ大きく爆ぜる。
「そうね、もう、三か月以上診てなかった。数値の乱れもひどくて、あんな状態で魔導器の出力上げたら、倒れるのも当然ね」
 リタの声は落ち着いていて、ほとんど怒りの色を感じ取ることはできなかった。あのリタでも、怒りを通り越して呆れるくらいなのだろう。
「嫌なの? ここに来るの」
 そう言われ、レイヴンは弾かれたように顔を上げる。
「ちがうって、嫌ってわけじゃ」
「あんたが無理やり診られるのが嫌っていうなら、あたしが勝手に無理強いし続けるのもどうかと思うし、考える」
「勝手なんて、リタっちは俺のことを考えて……現に俺がずっとすっぽかし続けたせいでこんなことになったし、俺が全面的に悪いんだって。リタっちのせいなんかじゃない、いくら怒られても仕方ないって思ってる……本当にごめん」
 レイヴンが布団に頭を擦り付けても、リタは何も答えない。バカじゃないの、信じられない、嘘つき、そんな風に怒って叱りつけてほしかった。
 けれどいくら待っても静寂ばかりが返ってくる。胸が苦しくなる。勝手なのはどう考えてもこちらのほうだ。そうして怒られる段階すら、もう越えてしまったのだと理解した。
「……それとも」
 リタは重々しい息をゆっくりと吐き出す。
「そんなこと考えてられないくらい、気がかりなことでもあるの」
 まっすぐに向けられた視線に、レイヴンの体は硬直する。リタのこういう目を見るのは苦手だった。己の内にある浅ましいものをすべて引きずり出されそうな気分になる。
「そんな、ほんとにちょっと、忙しかっただけで」
「アレクセイのことで?」
 あまりにもあっさりとその名前を口にされて、レイヴンは明らかに動揺した。なぜリタが知っているのか。喉がつかえて、言葉がうまく出てこない。
「この前、帝都でフレンとエステルから聞いたのよ。近いうちに凜々の明星のメンバーとかにも伝えるって話だったから。あんたはそのこと、聞いてなかったの」
 リタは埃を払うように、机に置かれた本の表紙をそっと撫でる。
「いずれ折を見て、とは……言ってたと、思う」
 確かヨーデルがフレンにそういうことを言っていた。すでに他の面々にも伝えられているのだろうか。
「それなら、ちゃんと言ってほしかった。そんなひどい顔になる前に」
「ひどい顔って、ちょっとリタっちったら……」
「この前会ったときもおかしかった。あんたがそんな顔してるのは、アレクセイのことが原因なんでしょう」
 なんとかおどけようとした隙に、容赦なく問いが撃ち込まれる。何を言えばいいのか。何と答えればいいのか。言い訳も説明も誤魔化しも、なんの言葉も浮かんでこなかった。
「あたしだって関係ないわけじゃないのに、あんた一人で全部そうやって抱え込んで、何も知らせてくれないで……おっさんだけで解決できることじゃないんだから」
 リタの言葉が胸に突き刺さる。じくじくとした痛みを伴って、呼吸が苦しくなる。リタの言うことは正しい。レイヴンのほうが間違っている。
 けれど、間違っているからこそ、この手でなさねばならないこともある。取り返しがつかないことを誰よりも知る者として、償わなければならない。自分の罪を。
「解決なんて、当然、俺にできるわけじゃない……それでも……あの人があんな風になったのは、俺のせいだ」
「そんなわけない、全部あいつが招いたことなんだし、もしおっさんに責任があるっていうなら、あたしたちにだってあるわ」
 リタはレイヴンのほうに身を乗り出して、必死に訴える。耐えられずに目を逸らした。耳を塞いで逃げ出したくなった。何も聞きたくない。何もかもが痛くて苦しくて仕方がない。
 ――そんなわけないだろう。
 レイヴンとリタたちの負ったものが同等であるはずがない。あの人をずっとそばで見ていた。違う。そばにいたのに、何ひとつ見ていなかった。それどころか、どうだっていいとさえ思っていたかもしれない。
 一度死んで、与えられた命でいまも長らえているこの体に、できることなどもう限られているのだから。
「俺はあの人を……アレクセイをもう死なせない。償わなきゃいけない」
「だから、あんたひとりで……」
 リタの肩をそっと押し返して、うつむいたまま言った。
「何が、分かるんだ」
「え?」
「あの人の何が分かる? 何をもって、俺だけのせいじゃないなんて言う? 何も知らないから、そんなことが言えるんだ」
 ひと息に吐き出したあと、耳を圧迫するような沈黙が部屋に訪れる。レイヴンは布団をぎりぎりと握りしめた自分の拳と見つめ合っていた。リタの表情を見ることなどできなかった。
「モルディオ、ちょっと今、いいか?」
 しばらくして、ノックの音で静寂が破られた。リタはわずかに戸惑ったような気配のあと、今行く、と答えて、そのまま部屋を出ていった。
 レイヴンは途端、うずくまるように布団に顔を押しつけて、手のひらに爪が食い込むくらいに拳を握りしめた。
 ――最低だ。
 ここへ運び込まれたレイヴンに魔導器の調整を施し、目覚めるまでそばについてくれていたのは誰だと思っているのか。リタはただ、レイヴンの無理を案じていたにすぎない。あんな風に声を荒げて、思うまま感情をぶつけるなんて、どうかしている。
 心臓が軋むような感覚に胸を押さえる。規則的に鳴り続ける駆動音が体じゅうに響く。その響きを感じるたび、体が少しずつひび割れていくような気がした。







△ページトップに戻る