天を仰いで地を目指せ

パティちゃんとジュディスちゃんが楽しく勝負する話です。

『TOV冬の戦闘祭り』という企画に参加させていただいたときのものです。



2021-01-03
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「むう~っ、またうちの負けじゃ~っ」
 手持ちのカードが勝負にならないことを悟って、パティはテーブルの上に手札をパラパラと投げ出す。勝負相手のジュディスは向かいで涼しげな微笑みを浮かべている。
「あら、今日は私に運が向いているのね」
「今回こそはいけると思ったんじゃがのう」
「これだけ勝ったのだから、依頼料は少し弾んでほしいわね」
「むむ、そこで交渉に入るとはやるの」
 時間を持て余した船室でなんとなく始めたカードゲームが思いのほか白熱してしまった。ジュディスは、パティ率いる新生海精の牙の手伝いで乗船していた。ノードポリカからカプア・ノールまでの積荷運びのための護衛が主な仕事だ。海精の牙から凜々の明星への依頼という形をとっている。
「ユーリもおったら報酬上乗せも考えたんじゃがのう」
「悪かったわね、もう少し彼を説得して強引に連れてこればよかったかしら。エステルの招待にも誘ってあげたかったわね」
 パティたちはカプア・ノールで積荷を下ろしたあと、ハルルに向かう予定となっていた。エステルから久しぶりに女子だけでお茶会がしたいという誘いを受けたからだ。
「エステルのご指名は女子のみということじゃったが、この機会にユーリとパジャマパーティを狙えばよかったかの?」
「彼にお菓子づくりを手伝ってもらうのもいいわね」
 ジュディスがふふ、と笑いながら長い足を組み替える。ユーリがいないのは残念だが仕方がない。護衛のためにジュディス一人が凜々の明星から派遣されたのは、他ならぬユーリとカロルの頼みだったからだ。
 今の世界において、あらゆる移動手段の中でもっとも速いバウルとともにいるジュディスは、彼女しか請け負えない依頼のため連日飛び回っていたという。そんなジュディスにしばらく羽を伸ばしてもらいたいというユーリとカロルの頼みから、エステルはちょうどよかったと招待状を書き、パティは依頼という名目でジュディスを送り届けることになった。
「ジュディ姐は、久しぶりの船旅かの」
「そうね、ここ最近は特に、ずっとバウルと一緒だったから」
「海の居心地はどうじゃ?」
「私にとっては海よりも空のほうが馴染み深いけれど、こうしてゆっくりと行くのもいいものね、少し退屈はするけれど」
「この退屈を楽しんでこそ一流の船乗りじゃ」
「じゃあこの機会に船乗りの極意をあなたから教えてもらわないとね」
 テーブルの上の皿に少しだけ残っていたビスケットをジュディスにすすめると、いただくわ、と口に運ぶ。パティも残りひとつを食べてしまうことにする。
「バウルもいまごろ退屈していないかしら、きっと眠っているのでしょうけど」
「ゆっくり眠ってジュディ姐が帰るころには海面を飛び出すトビウオのごとく元気いっぱいなのじゃ」
「近ごろよく働いてもらっていたからゆっくり休んでほしいわ。離れていると気になるけれど、好きだからこそ離れることも必要だものね」
「さすがジュディ姐、深いのじゃ」
「大事な相棒だからこそ、ずっと近くにいると見えなくなることもある……なんて思ったのはつい最近の話よ」
 しみじみと、何かを懐かしむような顔でジュディスは窓の外に目を向ける。“相棒”という言葉にパティも明るい青空をふと仰ぎ見る。
 新しい世界であらためて始めた新しい人生は毎日騒がしくて楽しいことばかり起こる。新生ギルドは絶賛活躍中だ。それでもふとしたときに思い出す。パティのそばにいつもいた頼もしい存在のことを。
「……退屈なジュディ姐に、うちからよい提案があるぞ」
「あら、何かしら、新しい遊戯?」
「だいたいそんな感じじゃ」
 にっこりと笑って、パティは意気揚々と先に甲板への階段をのぼっていく。



 航路はちょうど半分を過ぎたあたりだった。二人が甲板に出ると気持ちのよい海風が吹きつけてくる。船の真ん中で向き合うパティとジュディスを見て、乗組員たちが何事かと騒ぎ出す。
「うちと一対一の手合わせをしてくれんか」
「いきなりのお誘いね、いいわよ」
 理由も聞かずにあっさりとうなずく。ジュディスのそうしたところは好ましい。
「お互い訓練用の武器で頼むぞ、さすがにジュディ姐愛用の槍はイッカクの牙よりも鋭いからひとたまりもないのじゃ」
「ふふ、そうするわ、あなたの可愛らしい顔にあまり傷をつけたくないものね」
 手合わせということでジュディスは目に見えて楽しそうだ。旅のあいだも暇を見つけてはよくユーリやフレンとやっていた。戦うことが好きなのは知っていたが、こんなに弾んだ笑顔を見せられるとパティも俄然やる気が出てくるというものだ。
「さっきのゲームのリベンジというわけかしら」
「負け続きだと悔しいからの」
「負けず嫌いな子は好きよ」
 互いに武器を構える。ジュディスは木製の棍を、パティは樹脂製の短剣を。いつの間にか乗組員たちがギャラリーとして集まってきていた。
「あ、誰か合図をやってくれんかの」
 たまたまパティと目が合った新人のギルド員があわあわと前に進み出る。ふたりを交互に見て、片手をまっすぐ天に伸ばす。
「レディー……ファイッ!!」

 声のあと、即座にジュディスが棍を振り抜く。うお、と後ろに飛び退くがもう少し遅ければ弾き飛ばされていた。続けてくるりとジュディスの体が回転し、同じように綺麗に円を描いた棍が眼前に迫る。ぎりぎりのところで屈んでよける。
「いきなりじゃな、びっくりしたぞ」
「せっかくの機会だもの、思い切りやらせてもらわなくちゃね」
 そもそも、棍と短剣では圧倒的にリーチが違う。ジュディスとパティでは体格の差も大きい。パティの背よりジュディスの棍のほうが長い。彼女が振るう棍の範囲から逃げるのはかなり難しい。
 しかし、体格の差にも勝機はある。ここ最近少し背が伸びたとはいえ、まだまだ小型の魔物と同じくらいにはパティの体は小さい。それから素早さにもある程度の自信はある。つまりパティに効果的な攻撃を当てるのもそんなに簡単ではないはずだ。
「よっ、ほいっ」
 せわしなく飛び回りながら攻撃を避けつづける。前に突き出されたら後ろに、横に振り抜かれたら上に、考えて避けているわけではなく、体が先に反応する。
「防戦一方ね、いつかは当ててしまうわよ?」
「そうかの? あんまりうちを見くびるでないぞ?」
 斜め上に飛び上がり、くるんと空中で回転し、ジュディスの背をとらえる。このまま着地と同時に懐に飛び込もうと思ったそのとき、ジュディスの姿がぱっと消える。
「お?」
 パティが驚いているうちに耳元で風を切る音がする。棍の先が視界の端をかすめる。頭をひねって無事に避けられたと思ったら、反対側の左方向からジュディスのブーツの爪先が飛んでくる。棍を振り抜いた力をばねにして、さらに高く跳んでパティの死角を突こうとしたのだ。それを理解したのは地面に転がってからだった。
「ふっふ……やるのう」
「まだやれるの?」
「もちろんじゃ」
 にっと笑みを浮かべながら立ち上がる。どよめきがギャラリーから沸き起こる。
「ジュディ姐、楽しそうじゃ」
「ええ、楽しいわ。あなたの実力、一度確かめてみたかったの」
「うちは荒波とやり合うのは得意じゃが、それ以外はただのキュートな海の女じゃぞ?」
「そういう顔して、強い人が好きなの」
 もう一度武器を構えたパティの頭上を低く海鳥が飛んでいく。それを目で追いながら、たん、と船の上段に飛び移る。
 パティがもう少し大きな体格だったずっと昔、かつての相棒だった男、サイファーとこんな風に剣を交えた。そのときに言われた言葉を思い出す。
――お前の動きは読みが追いつかない。読む前にもう動いているからな。
 サイファーと手合わせをするのは好きだった。とっておきの酒や幻の逸品を賭けたこともあった。勝っても負けても、いつだって通じ合っていることがわかった。確信できた。
 パティ・フルールの存在をこの新しい世界に送り出した相棒は言った。驚かされるたびに、一緒にやれてよかったと思わされる、と。
――お前の直感と突拍子のなさは、いつだって俺たちを見えない場所へ連れて行くんだ。

「どうしたの? やっぱりギブアップ?」
「いや、これからじゃ」
 ジュディスに読みで勝つことはできない。考えて動けば先回りされるばかりだ。向こうの攻撃の隙を探すのではいけない。パティの動きで隙を作らせなければならない。それには“隙を作らせるため”に動くのでは読まれてしまう。
「ジュディ姐は、勝負ごとが好きなのか?」
「ええ、勝負ならなんだって好きよ、ワクワクするわ」
 可憐な笑顔にパティもほほえみ返す。
 かつてさまざまなものと戦った。襲い来る脅威や降りかかる理不尽と組み合って、地に這いつくばっても泥をすすりながら立ち上がった。自分で選んだことに後悔はない。
 けれどもうそんな時代は終わった。すべてを賭けて戦うなんていうのは、すべてを終わらせてもよいと決めたときだけでいい。そのカードは一回しか切れない。
 それまでは笑って生きていくのだ。
「それなら、たっぷりワクワクさせてやるぞ!」
 勝負は、楽しくないといけないのだ。
 パティは上段からくるりと跳んで船縁の上に立つ。懐から赤、青、緑のカードを取り出しぱっと広げる。ジュディス目がけて扇状に飛んでいくカードを銃で撃ち抜く。こっちも短剣と同じ樹脂製の弾が出る。当たればそれなりに痛いが。
 ジュディスは真上に飛び上がる。打ち抜かれたカードが花吹雪のようにぱあっと散らばり視界を埋め尽くす。パティも前が見えないが、この船の構造ならよく知っている。帆柱に飛び移り、高みから甲板へ派手な箱を落下させる。地面に着地すると同時にポン!と音が鳴り中から人形が飛び出してくる仕掛けだ。
「あら」
 反応する声をとらえた瞬間、パティはそのまま跳躍する。違う方向に銃を撃ち攪乱しながらジュディスの頭上に飛び降りる。さっと影が動いた瞬間パティは天に向かってまっすぐに腕を伸ばし、一発の軽い銃声を鳴り響かせた。
 辺りを埋め尽くしていた色とりどりの欠片は影も形もなく消え失せ、入れ替わるようにやわらかいものが大量に落ちてくる。あっけにとられて硬直していたジュディスはすっかり落下物の山に埋もれてしまった。彼女が目を丸くして見つめるそれは、バウルに似せたぬいぐるみだった。
「……あなたが手品得意なのは知っていたけど、少し大掛かりすぎるんじゃないかしら?」
「うむむ、ちょっとやりすぎたかもしれんの」
 ギャラリーたちまでぬいぐるみに埋もれてしまった様子を見て、パティは武器をしまって腕組みする。
「いつもがんばるジュディ姐にプレゼントじゃ、好きなだけ持って帰るとよいぞ」
「負けたのに? 敗者がもらってもいいのかしら」
「そんなの決まっておらん。それに勝者は、好きなことをしてもよいのじゃろ?」
 パティが歯を見せて笑うと、ジュディスはふうと息をついて穏やかな笑みを浮かべる。
「大変、ぜんぶ持ちきれるかしら」
「運搬の依頼ならうちらにお任せじゃぞ」
「あら、サービスも完璧ね」
 さすがにパティも少し疲れてしまって、ぬいぐるみの山の中に座りこみ手足をうーんと伸ばす。
 するとドタドタと低い音が近づいてくる。ひときわ大きな音を立てて船室へ続く扉が開け放たれる。
「ちょっと! なにこれ!? 上でドタンバタンやけにうるさいと思ったらあんたたち何してんのよ!」
 地下の機関室にずっとこもりきりだったリタが血相を変えて飛び出してきた。
「あれ、リタ姐、もう調査はいいのか? 新しいエンジンの調子はどうじゃ?」
「ちゃんと順調よ、あたしが見てるんだから……ってそうじゃなくて! なんであんたたちそんなボロボロなの? せっかくのお茶会なのに着いたらエステルがびっくりするじゃない!」
「そんなに楽しみだったのね、きっとあの子も喜ぶわ」
「リタ姐もバウルぬいぐるみ一つどうじゃ? 今ならジュディ姐とお揃いじゃぞ」
「べ、べつにあたしは興味ないから……! それより何があったのか教えなさいよ、もう!」
 困惑するリタをなだめたところで、あらためてギャラリーから拍手が起こる。パティがえっへんと胸を張ってみせると歓声がいっそう大きくなる。その真ん中でジュディスとかたく握手をする。
「楽しかったわ」
「なに、まだまだ楽しいことは続くぞ」
「そうね……楽しみだわ」
 抜けるような高い青と、あたたかな陽光が降り注いでいた。船旅は続く。まだ見ぬ未知に向かって、心躍る地平を目指して、のんびりと揺られて進んでいくのだ。





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