指先に触れた彼の髪がやわらかすぎて、私の手は宙に浮いた。彼の肩ごしにその手を見つめて、天井にかざしてみる。白い光がまぶしい。
「ジュディス、どうかしたかい」
そんな私の様子に彼はすぐ気付く。身体を離して、まっすぐに目を合わせてくる。私は自分の手を胸の前にもどして、握ったり開いたりする。
「 …… ねえ、腕相撲しましょう」
フレンはその言葉にぱちぱち、と目を見開く。けれど数秒後には、わかった、いいよ、と笑って頷いた。こんな頓狂な申し出にはまるで慣れっことでも言うように。そんなことはいいから、今すぐ君がほしい、そう言って組み伏せてしまっても構わないのに。けれど彼は決してそうしない。私はそれをよく知っている。
ソファからテーブルに移った私たちは、何も言わず向かい合わせの席につく。肘をついた腕を差し出すと、彼も微笑んで腕を差し出して手のひらを合わせる。
「本気で来てちょうだいね、私も本気で行くから」
「わかった、手加減なしで行くよ」
合図をしてくれる審判がいないので、二人で声を合わせて開始の掛け声をする。
腕にぐっと力が込められる。握りあった手はテーブルに垂直のまま拮抗している。このままもうしばらく経てば、フレンが力を抜いて私の勝ちになるだろう。彼とは何回か手合わせをしたことがあるが、いつも最後には私の技を褒めて終わる。
――ジュディスはすごいね、どうやったらあんなに高く跳べるんだい? 僕にも教えてほしいな。
ぱたりと腕が横に倒れる。フレンの手が上になって。
「あら」
「 …… ジュディス、途中から何か考えごとをしてなかったか?」
フレンは特に気に障った様子もなく、ただ心配そうに首を傾げていた。
「いいえ …… ただの体力切れよ、あなたの勝ちね」
にっこりと笑ってみせる。私はすっと腕を引いて、少しだけ赤く染まった手を見つめる。
「じゃあ、勝者には何か権限が与えられるんじゃないか」
そう言いながら席を立ち、私のそばへ来たかと思うと、足元にひざまずく。
「君がなにを考えていたのか、教えてほしいな」
そうして赤い手のひらに唇をそっと当てる。唇は指先ひとつひとつに、手の甲にすべっていく。青い瞳が指のあいだからのぞく。私の指先に前髪が触れる。光に溶けそうな毛先がさらさらとくすぐってくる。いつも逃げ出したくなる。彼は私がどうしたら逃げないかを知っているからだ。
「 …… あなたにどうやったら勝てるか考えてたの」
そう言って、両手を彼の髪に差し入れる。やわらかであたたかい感触を確かめる。
「それは、僕と同じだね」
彼は立ち上がって、私の頭を広い胸に抱きよせた。そうされろと、いつも頭部がひどく小さくなってしまったように感じる。深く息を吸い込んで、私はまた安心に負けてしまうのだった。