どうして? と言いかけてやめた。目の前で数値を書きとめる彼女の集中を途切れさせてはならない。んー、と難しげに眉を寄せるときのしわをえいとつつきたくなるが、微笑むだけにしておく。どうしても何も、彼女はみずからの探究心のために動いているのだろう。そんなことはよく分かっていた。
「……うん、問題なさそう」
ふっとゆるんだ頬に苦しくなる。そんなに悩んだり笑ったり、揺り動かされるようなことなのか。今や古代の遺物と化した、こんなちっぽけな塊のために。
「あんた、何か食べなくていいの?」
「何かって……ごはん?」
「そうよ、あたしも手伝ってあげるから」
食事の心配までされているように見えて、これは彼女が空腹を感じたことのサインだ。
「了解、じゃあお礼にリタっちの好きなもんでも作りますかね」
「べつに……あたしはちょっとしかいらないけど!」
いそいそとノートを片付けだす。そんな彼女をふいにぎゅっと抱きしめたくなった。ありがとう、とちいさな頭に語りかけたくなった。けれど、実際は服のボタンをのろのろと留めなおすだけだ。どうして、と胸の奥からこぼれる。彼女の不思議そうな丸い瞳が振り向く。すぐ届きそうな手がぴくりとも動かない。本当はそんなことをばかみたいなことを聞くなと怒られたかったのだ。