感情のおもむくままに書いたレイリタです。前後の話とかまったく考えてません。ただこういうシーンが書きたかっただけです。
「結局、べつになにもないわけよ」
そうあっけらかんと言ってみせた顔は、今にも泣き出しそうに見えた。自分よりもずっと年上の男の顔をみてなぜそんなことがわかったのか、それはよく分からなかった。
彼の過去は遠くて深い濁った海と空に彩られていて、簡単に覗くことはできないものだと理解した。それがはっきりと頭と心に刻まれたとき、足元がぐらりと揺らいで、急速に体が冷えていくような感覚をおぼえた。
(今まで、こんなにずっと、遠いところにいたんだ)
目の前に佇むレイヴンの姿が、深淵の色をした幻覚にかき消されるような気がして、必死に目を開こうとした。すると、開いた目から一粒涙が頬をころりと転がりおちた。
「リタっち?……泣いてるの?」
泣いてはいなかった。ただ一滴だけ涙がこぼれただけだった。こちらを向いたその顔は、やはり泣き顔に見えた。それをもっと近くでみたいと思い、そばに歩み寄った。そのまま座った姿勢でいるレイヴンの隣に膝をつき、シャツの胸元に手を触れた。驚いたような瞳が同じ高さになる。膝と背筋をのばすと、こちらが見下ろすようなった。冷たくざらりとした頬の感触。リタの顔を見上げる瞳がゆらりと揺れる。
気がつけば唇が触れあっていた。リタはたぶん自分から動いたと思ったが、本当のところはわからなかった。レイヴンの頬にふれたままの指先がわずかに熱を持つ。もっとその冷えた肌が暖まればいいと、リタは手をすべらせ力をこめた。
「リタ……っち」
少しうかされたような顔。もう涙は忘れてしまっただろうか。きっと飲み込んだだけだろう、とリタは思った。
「泣かないの」
「……え」
「泣いたら、いいじゃない」
リタはずいぶん久しぶりに口を開いたような気がした。膝立ちしたまま床に押しつけた膝が痛くなってきて、そっと腰をおろす。また、小さくなってしまった。
レイヴンはぽんとリタの頭の上に手を置き、やわらかく微笑んだ。
「おっさんは悲しくなんかないし、泣かないよ」
また、しっかり目を開いておかなくてはならない。かき消されそうなその微笑みは、やはり泣いていた。けれど、レイヴンはその顔をリタの前では決して見せたりしないだろう。先ほどからの繕いかたに、リタはかすかな拒絶さえ隠れ見えるような思いがした。
リタは、胸元にすがりつき、服越しの心臓に顔を寄せる。もう自分のなすことに意味がないというのなら、せめて内に溢れてやまない衝動だけ、伝えたかった。深くは考えていなかった。ただ打ちのめされた心が行き場を求めていた。
「じゃあ、悲しくないなら、しあわせって言ってよ」
規則正しい鼓動の伝わる場所に、唇を寄せる。まるで心臓と対話しているような感じがした。いつも一対一で向き合ってこの機構を見つめるとき、ずっと唇でその熱を感じて想いを伝えたかったと、リタはようやくはっきりと自覚した。それは魔導器に象徴された、レイヴン自身へのまぎれもない衝動だった。
「好きよ」
胸のなかでこそりと、しかしはっきりリタが口にした言葉に、レイヴンは硬直してなにも言えなくなった。沈黙が走る。リタはその沈黙の中に響く鼓動を聴いた。音は早足で耳を打ち駆け抜けていく。
「……あれ」
声に顔を上げ、レイヴンを見ると、頬を一滴、雫が伝っていた。リタと同じだった。
「これは……泣いてるって、いうのかね」
「……あたしには、わからないわ」
先ほど泣いていないと答えた手前、そう言わざるを得なかった。それでも、リタはようやく目に見える涙をみることができたのだ。手を伸ばし頬を拭おうとして、その手を止めた。
「悲しくないなら、幸せってわけでもないわよね」
頬に留まった雫に口づけた。なにも味のしない涙だった。レイヴンはまだ泣きそうな顔をして、こちらをじっと見つめていた。
「……うん、わかんないわ……わからない」
そうしてレイヴンの腕はリタの小さな体を胸の中に抱いた。暖かさを全身で感じて、リタはほっと安堵したような気がした。
「わかんなくても、いいわ、それでも」
自分の言葉や体がこうして届くなら。リタはそのまま再び心臓に口づけた。
(ああ、あたしは悲しいし、しあわせよ)
我に帰っていろいろなことを考え出す前に。わからないままで、二人の唇は再び寄り添うように触れあった。
あとがき
夜中にだっと書いた話なのでなにも言うべきことはないんですけども。
リタがおっさんの傷や涙になんとか触れてあたためようとする話が書きたかったのです。リタにできることはこうして触れたりどれだけ大切かを伝えることだけだと思ったので。
こういう脈絡もないレイリタ書くの好きです。